手塚鎌五郎

昭和前期前橋には群馬県の百貨店の草分けというべき麻屋と亀升屋があった。麻屋呉服店は手塚鎌五郎という人物がもとは前橋藩の300石の武士の家柄であったが、明治維新廃藩置県で藩はなくなり、丁稚奉公からはじめ財を成し、前橋に鉄筋コンクリート造りのモダンな建物を作った。強固な建物は前橋空襲で市街地の大半が焼けた中で焼け残った。戦後の前橋復興のシンボルや前橋空襲の悲惨さ語るうえで欠くことのできない存在であった。品物も流行に敏感な品揃えで市民や近隣の住民で賑わった。10月15日から24日まで大竹酒造倉庫で行われたアート前橋サポーター展示会の紙芝居でそのことが語られていた。また、前橋市図書館では所蔵品の展示会が行われていて前橋の画家の作品が展示されている。その中で郷土作家の展覧会が昭和初期に亀升屋で行われていたという記事を見つけた。
しかし隆盛を誇った店は跡形もない。その歴史が店の閉業とともになくなってしまうのは全く惜しい。京都に行くと幕末の歴史を思い出させるかのように池田屋の跡とか寺田屋、近江屋とかの看板があり、歴史に触れることができる。前橋の活性化も過去を大事にすることから
だ。11月6日には前橋の歴史遺産のコースを案内する催しが行われる。富岡の官営製糸場より2年も早く前橋藩営器械製糸は始まり、そこから日本全国に器械製糸は広まっていった。