''''母を亡くしてはや2か月が経とうとしている この仕事をするにも励まし応援してくれた。おやりなさいと励ましてくれた現役時代に5年も転勤せずにいたとき知り合いの人に掛け合ったくれた こちらの事情で職にとどまっていたのに 誰に聞いたのか仕事で実績上げたことを本当に喜んでくれた。こちらが悩んでいることを察知しして父と母が提案し助けてくれた。頼りない娘婿のために。人生も波瀾万丈だった。大正末期に生まれ関東大震災の頃で名前を震子と付けられそうになったこと 国家総動員の挺身隊で工場に派遣されたことや東京大空襲で家が焼け、食べ物や水もなくさ迷い歩いたことなど、物のない時代ピアノを紙の鍵盤で練習し苦労し音楽教師になったこと話してくれた。体験したことだから説得力があり、今の日本の平和な時代の中で舅や夫や子供孫達のために惜しみない愛を注いでくれた。褒めて育っててくれた。面倒をかけた孫たちも立派になってくれた。言葉には言い尽くせない苦しむこともなく化粧されきれいな姿で旅立った あなたが態度で示してくれた広い大きな気持ちを忘れず自分もやっていく。